「ふるさとの優れた先人に学ぶ」作文コンクール

第9回「ふるさとの優れた先人に学ぶ」作文コンクール(富山県教育委員会主催)に応募した本校6年生、中村真結さんの作品が、優秀賞に選ばれました。ここに、紹介します。

 

富山のすばらしさを教えてくれた人

高岡市立博労小学校 6年 中村 真結

「しなざかる 越に五年(いつとせ) 住み住みて 立ち別れまく 惜しき初夜(よい)かも」

この歌は、奈良時代の歌人・大伴家持が越中(富山)で最後によんだ歌です。私は、家持が生涯でよんだ歌の中でも、この歌がいちばん好きです。なぜ好きなのかというと、この歌から、「越中は本当にすばらしい所だ。ここを離れたくない」という家持の強い思いが伝わってくるからです。

そこまで家持をとりこにした、越中の魅力とは何だったのでしょうか。

私は、三千メートル級の山や海をもたない、奈良という都で育った家持の目に、越中のそびえ立つ山、そして広大な海はどれほど雄大で美しく映ったことか想像してみました。

遠い奈良時代の越中の国、富山はどのようなところだったのか、家持の気持ちになってまぶたを閉じてみました。すると、私の頭の中に浮かんでくるのはやっぱり、雪化粧した立山連峰、そしてその前に広がる雨晴の海という景色でした。これは、家持が見た景色と同じかどうかは分かりません。でも、家持もきっとこの景色を見たはずだと思える歌があります。

「馬並めて いざうち行かな 渋渓の 清き磯廻(いそみ)に 寄する波見に」

私は、千三百年以上の昔も今も、越中の美しさは変わらないのだと家持に教えられている気がしました。家持に、越中の本当に大切にしなければならない宝は、この山と海という自然なんだよと、歌を通して語りかけられているように思えてなりません。

今年、雨晴に「道の駅」ができました。私は、夏休み、道の駅の前を通りかかったときがありました。そこには、多くの県民や観光客が訪れ、とてもにぎわっていました。やっと、この景色のすばらしさをより多くの人に発信できるチャンスをもらった気分です。私は、家持の思いが千三百年以上の時を経て、今やっと叶ったんだな、と感じています。本当に富山の自然を誇りに思う気持ちを、千三百年分ワープして家持と共有し、いっしょに喜び合いたいです。

私は、万葉集が大好きです。万葉かるた大会には毎年出場していますが、今年は小学校生活最後として出ることを決意しました。そこで、夏休みには、万葉集のことを調べておられる京田先生の講演会に行きました。自分では家持のことをよく知っていると思っていたのに、京田先生の話はどれも新鮮でした。私は、「家持や万葉集がただ好きなだけでは、意味がないんだ」と思い知らされました。何も知らずに大会に挑もうなんて思っている自分がはずかしいです。

私にとって家持は、富山県がほこる、とてもすばらしい人物です。そして、私に、富山の良さを教えてくれた人でもあります。これから、大人になって、富山を離れることがあるかもしれません。また、辛いとき、夢をあきらめそうになることも何度もあるでしょう。そんな時は、ふるさと富山の雄大な景色を思い出したいと思います。富山県のすばらしい景色は、家持を魅りょうしたときのように、これからもずっと私を支え続けることでしょう。